あの一瞬を求めて。

占いの講座に参加しながら少しずつ本格的に学び始めたのは、2014年秋頃から。

その頃に参加したお茶会で催された、タロットを使ったゲームをやっていた時の出来事。


ゲームは2人以上で行うもので、その会では自分を含めて4~5名ほど参加者がいらしたと記憶している。

各々ランダムに伏せてあるカードを引き、引いたカードから連想されるイメージを、他の人にはカードを見せずに口頭で説明。その説明を聞いてそれが何のカードかを当てる、というゲーム。伝えるイメージはタロットカード本来の意味に応じている必要はなく、見たまま感じたままの印象を説明するというルールなので、タロットが分からない人も楽しく参加できるゲームだった。


その日わたしは、カードを当てまくるというミラクル体験をした。

今思い出しても驚きの体験だったと言える。というのも、その時自分に起こった?出来た?、、、なんと表現してよいものか未だに困るところ。なぜなら言い当てる事が出来た理由が「見えたから」だった。ただ、はっきり「見えた」と確かに言えるのは一度だけ。他数回は確実に「見えた」とは言い難く感覚的な部分でなんとなく分かって当てた、程度の事。これは誰にでもあることだろう。あの一瞬は、後にも先にもあれっきり。


「見えた」と言っても、例えばカードが透けて見えたというわけではなく、パッ!と、頭の中に?目の前に?(それすら判別がつかない)そのカードの映像が突然出てきた。上手く説明できないけれどそんな感覚だった。あれは5年経った今でも鮮明に覚えていて、忘れられない。どうやってやったのかも、どうしてそんなことが出来たのかも分からない。我が事ながら他人事のよう。因みに、カードはソードの5だった。

年明けのブログに書いた【占いに関わる事で体験した奇跡の一回】は、この事である。


こういう事は占い業界では、そんなもん通常運転ですが?という方も沢山いらっしゃると思う。インスピレーションとかサイキック、、、と言ってよいのでしょうか。いつも隣の畑から「すごいなぁ...」と、ただただ感嘆している。わたしは、そういう部分は全くといっていいほど開拓していない。普段のタロットリーディングでその辺の部分を使っていないわけではないと思う。使ってはいるんだろうが、あまり自覚実感は出来ていない。そういうのは無しで読むのだ!みたいな謎の自我もある。なんだろうそれ、無駄・邪魔じゃない?と自分で自分に思ってる。


というのも、どうしてもその部分について素直になれない。興味はあるし不思議は大好きだ。且つ体験もしないでガタガタと理屈をこねたくはない。だから、触れてみようやってみよう精神で勉強会に行ってみたり体験会に行ってみたりしたことはある。その勉強が正しい方向性の物だったかは疑問であるけれど...。レイキを習ったり、奈良の山奥で2泊3日の修行体験に行ってみたりもした。だけど、結局「どうなのそれ?」というもう一人の自分が登場し、そのまま心に居座り続けて心の全てを荒らして終了。この繰り返し。


何度も繰り返してきた中から、一つ具体的なエピソードを挙げてみる。


直近で、素直になろう触れてみようという気持ちが湧いたのは2018年夏。

わたしの父は、わたしが生まれてすぐに他界したため、父親といえど、わたしにとっては全く知らない人である。だからあんまり興味もなかった。これは闇深案件などでは一切なく「いや~父親って言われても知らない人だしな~」というだけの極めてシンプルなお話。ある時、ふとした拍子に死因を知りたくなった。そこで思った。

「よし、本人に聞こう。」

そういう分野があるじゃないですか。後ろの存在?とお話できる系の。それでちょっと行ってみたわけだ。こちらからのオーダーは出来ない体験コースだったため、目的の「なんで死んじゃったの?」という問いかけは出来なかった。ガイド役の方が「これは...誰でしょうか...?誰か心当たりありますか?」的なことを尋ねてくるのだが、心当たりというか目的が父だし曖昧過ぎて誰と言いようも無く「死んだ父」と言ったら。「ああ、そうですね。お父さんかもしれませんね。何を言っているのか聞いてみます」みたいな流れだったと思うが、残念わたしはこれ以降の言葉は申し訳ないが覚えていない。忘れてしまった。一気に冷めてしまったから。

「実の娘である私の前には現れないのに?こんな見知らぬ人の前には現れるの??はぁ???なぜ?私に会いに来いや(笑)しかもこんな簡単に会う?喋る?解せん!!なんならちょっとムカついちゃったし!はい解散!終了~!」してしまった。


これはガイドの方のせいでもなんでもなく、わたしの歪んだ心のせい。

ダメだ。捻くれている。切欠・内容は違えども、何度もこの流れを繰り返している。

このサイクルをいい加減そろそろ終わりにしたい。自分で歩み寄らなけらば。

あの、突然ビジョンが浮かんだ体験を、もう一度。

そしてそれをコントロールできたら最高じゃろ。

もう嫌というほどわかっている。ある日突然の目覚めなんてものはない。

何か特別な事をしたからといって一足飛びに得られるものではない。

ただただ、清らな日々の生活・積み重ね。これのなんと難しいことか。

だけど、やるぞ。やってみようぞ。


そう思わせてくれたのは、花札占い。木々の成長季節の流れをイメージしながら読む花札占いは、わたしにはとにかく魅力的だった。自然を感じながら読むなんて、それこそ正当なスピリチュアルではないのか。花札をやっているとき思うのだ。今の知識的な勉強に加えて、思考と心を開花させて読んだら、きっと!もっと!読みが広がるはず。もっともっとこの札と繋がりたいと、割と素直に心から思えている現在。これはきっと、自分にとって良い兆し。


あぁ。ありがとう花札占い。

これからは、そのような方面も開拓しつつ、よりよき花札/タロットリーディングを求めて邁進していきたい。

焦らず。徐々に徐々に。まずは、静かに目を閉じる所から。

経過成長報告があれば、またこのブログにて。



そして。

今日のこのブログ。

最後の最後は、告知に着地いたす。。。

読んでけろ。


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