いまさら?コロリーヌ!

流行り病にかかってしまいましたわ。

うっそだろ?と思うんですけど、マジですわ。

いや~まいったまいった。参りました。


これまで、この状況でよく何もなかったなと思うような場面はたくさんあったのに、東京のあの人混みの中で暮らしていても何事もなかったのに、東京の30分の一以下の人間しかいないこの長崎で、職場と家の往復(しかも徒歩)しかしていない毎日であるのに。


なぜなの、コロリーヌ。そりゃないぜ、コロリーヌ。


現在発症0日目から数えて9日目の朝です。

これは、その記録。


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■はじまり(0日目):7月17日 月曜日(祝)

起床時、わずかに胸部が詰まったような違和感。なんとなく咳をしたいような感覚。(しかも喘息の時のような咳)しかし、特段激しい咳が出るわけでもなく。午前中は、まあ普通。


洗濯したり本を読んだりしながらのんびり寛ぐように休日を満喫していたが、午後を過ぎると、明確に具合が悪くなっていくのが分かる。


頭が重いような痛いようなしんどいような、、、みたいな。

観念して熱を測ると、37度。発熱しとる...!!


そしてこの時点で、なんとなくこれはただの風邪とは違う気配を察知していた。体調はだんだん辛くなり熱はどんどん上がり、38度台キープ状態に。きちぃ。


これはマズいと思い、市のガイドライン的な諸々が記載されているHPを読み、母親となんやかんやありつつ抗体検査キットを用意するも、すぐには手をつけられず。。。具合が悪いのが優先されて(適当やって失敗するのも嫌だし)一先ず検査は翌日に持ち越し。



■陽性反応出てもうた(1日目):7月18日 火曜日

体調は相変わらず。

職場に連絡する前に検査を済ませておきたく思い、8時くらいから検査開始。検査結果が出るには15分くらいかかるとのことだったけれど、なんの。1分も経たずと速攻で陽性結果が出て笑う。


というわけで、暫く休む旨を連絡し一旦そのままダウン。

この電話にて、病院には行った方がいいからと言われてしまい、そのまま自宅療養でやり過ごそうと考えていたわたしは、ちょっと面倒くさくなる。そして後に結果行かなきゃよかったと病院にかかったことを後悔するくらい辛い時間を過ごすこととなるわけですけど。それは2日目以降のお話。


この時点での症状としては、巷で言われている咳が酷い!というより、胸部の圧迫感と気道が詰まったような感覚がして息苦しく、それの方が辛い指数高かった。そして熱が辛すぎ。ずっと寒暑くて羽毛布団を掛けたり剥いだり忙しかった。笑


こんなに高熱が出たのはもう何年振りだろうか。

久しぶりすぎてもはや懐かしさすら感じた心地。子どもの頃を思い出したレベル。


病院へ行けと言われても周辺にある病院も何も分からないから、例の市のHPに明記されていた「流行り病でのお困り事はコチラ」的なフリーダイヤル(24時間OK)へ電話を掛けてみた。


時はお昼。繋がらず。

でしょうね。だと思ったよ。


とりあえず、ひたすら眠ることにする。眠るったって2時間おきくらいに目が覚める。この度幸いだったのは、食べようと思えば割と何でも物を食べられたこと。そういう具合の悪さが無いのは良かったと安堵楽観していた。


さて、時刻は深夜0時30分。

この時間ならイケるだろと思い、再びフリーダイヤルをコール。

2コールくらいで繋がった。やっぱりな。名推理。


この電話にて、発熱外来対応している近隣の病院を教えてもらい、そのまま就寝。とはいかず、この夜から朝にかけての熱がピークでキツかった。いや~きつかった。寝ては起き寝ては起きの繰り返し。38度8分~39度をウロウロ。朦朧。



■高熱ヤバない?(2日目):7月19日 水曜日

熱が、熱がキツすぎるやろ...と思いながら過ごした一夜だったけれど。夜が明けて目覚めてみれば、えっわたしおねしょでもしちゃった??と勘違いするほどの寝汗。布団も着ていた服もぐっしょりと濡れていて驚いた。そして、妙なスッキリ感。熱は下がりきってはいないものの、高熱時のあの「うぅ...をああぁぁ...」みたいな感じ(どんな感じw)が抜けて無くなり、少し楽になったような、気分良いなとすら思えた朝だった。


これで病院行けばもうイイ感じっしょ!と楽観したのも束の間、この後事態は思わぬ展開に。


病院を予約し午後に受診。

いまはコロリーヌの治療薬があるらしく、その新薬と他なにやら色々薬が処方された。

帰宅し少しだけ食事をして、服薬。

これが地獄の始まりになろうとは。。。


服薬後、また布団に入り眠る。

深夜ではなかったと思う、そんな時間に目が覚める。

これまでになかったような微妙な気持ち悪さにうっすらと纏われている感覚があった。とりあえず、不可思議に思いつつ喉とお腹を潤そうとカットしておいたキウイを数切れ食べた。


んんん~ん...

いや、気持ち悪い気がする。

なんか、メニエール出たときのような感じがしている気がする。


そんな薄ら気持ち悪さに嫌な予感を抱きつつ、再び眠る。



■大後悔(3日目):7月20日 木曜日

朝、目が覚めて水を一口飲む。咳が出る。なんか気持ち悪くなる。トイレへ駆け込む。

止まない咳込みとともに、今しがた飲んだ水一口分をマーライオン。


最悪だよ。


一口分だから、そんなに大したことでも量でもなかったけれども、嘔吐ってもっとも最悪じゃん。個人的には病に伏せた時に出る症状としてトップクラスに嫌なやつよ。


これを皮切りに、飲んだもの食べたもの、とにかく胃に何か入れると即マーライオンという最悪ループに突入。


ここまで、具合は悪くても何かしら食べられていたし飲めていた。それが結構な救いだったのに、いきなりどうして。。。


明らかに薬と思う。


この日はもう最悪だった。一番きつかった。

眩暈っぽいわ気持ち悪いわ具合悪いわ起き上がれないわ喉は乾けど何も口に出来ないわ、なにより1㎜も眼を開けていられず、ひたすら微動だにせず布団にただ転がっていた。眼を開けていられずっていうか開かないっていうか、謎の感覚なんだけども、眼の裏側から瞼をぐわっと握り込まれてるような、よくわかんないけど、そんな最悪な心地よ。


夜。これは流石にまずい気がすると感じ、経口補水液とストローを支給してほしいと母親にヘルプメール。

この時の自分の状態としては、いよいよヤバすぎと焦るも身体ピクリとも動かせず。そんな感じ。そしてそのまま力尽きた。


薬を飲む前の方が百万倍ましな病状だったんだが??????なんじゃこれは。こんなんなるなら、病院なんてかからず薬なんて飲まず大人しく自宅療養してればよかったと心底後悔。実際、重症化リスクがある人以外は基本それを推奨されてるものね。それでよかったんだよ。


そう思ったとて、後の祭りなわけだけど。



■初めての経口補水液(4日目):7月21日 金曜日

翌朝、家を訪ねてきた母親より経口補水液とストローが支給され飲む。飲む。飲む。何気に経口補水液初体験。これを甘く美味しく感じたら脱水しているらしい。ぐびぐびとスポドリよろしく美味しく飲み干しましたわ。めっちゃ脱水してた模様。


気持ち悪さはまだまだ残りつつも、心配された嘔吐も今回は無く、ほっと一安心。

水分補給がなされたことで、身体が少し楽になったような錯覚。

そして、ここから本当にゆっくりじっくりではあるものの、少しずつ回復へ向かってゆくのだった。


翌日22日は長崎移住から丸1年。

別に記念日だのなんだのってことじゃないけれども、少しは感慨感傷に浸りたかったじゃないのよ。それどころじゃなかった。畜生め、という気持ち。



■おわりに(9日目):7月25日 火曜日

今は熱もほぼ下がり(平熱より少し高めながら正常って感じ)、食事もとれるようになりました。はあ~よかった。残る症状は咳とふらつき。あと、シンプルに疲れた。今週いっぱいはお休みさせてもらいたいなと思いながら過ごしている現在。


さて。

薬を飲んだ後の酷く強烈な具合の悪さには、本当に一時はどうなることかと絶望すらしたけども、結果オーライだった思うことにする。新薬は副作用等いろいろあれど、後遺症が残る確率を50%以下に治めてくれる効能があるらしく、わたしはそれに期待してる。


因みに、インフルエンザとどっちが辛かった?なんて質問を目に耳にしたけれど、わたしはインフルエンザかかったことないから分からんのですよね。これ結構驚かれるんですけど、ないんですよね、インフルエンザ。おかげさまで。うひ。


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きっとかかった人はみな口をそろえてこう言うんだろうけど、わたしも思ったし言ったね。

「わたしは掛からないと思っていたのに」

なにを馬鹿な事を。誠に愚かな人間であると身をもって痛感いたしました。


と殊勝なことを言いつつ、やっぱり気持ちは冒頭に戻る、なのよね。

公共機関を使うことすら滅多にない、人間も少ない今の暮らしで???っていう。


やっぱり、もはや運と思ってしまう私です。

東京の友人に今回の事を話したら、第一声が「東京でもかからなかったのに?!」だったのウケた。う~ん、全面同意。


コロリーヌにせよ何にせよ、これから迎える厳しい夏。

健康第一で過ごし乗り切りたい、そう思います。


おわり。